きずなメール・プロジェクト

お知らせ・ブログNews & Blog

きずなは「強い」方がいい気がするけれど

2023年6月8日


原稿チームの古屋です。

私には4歳の娘がおります。
身長体重月齢など、数字としてしっかり育っていっていることを感じつつ、
数字でははかることのできない心の部分の成長も、ふとした時に気づかされる日々です。

先日、保育園へ歩いて迎えに行った帰り道、こんなことがありました。
娘と二人で並んで歩きながら家に帰る途中、なんとなくうつむき加減で元気がなさそうでした。
「給食全部食べられた?」
「今日はどんなことしたの?」
などと聞いても、なんとなく上の空。
あんまりお話したくない気分なのかなと思いしばらく無言で歩いていると、急にこんなことを言うのです。

「ちょっと考え事をしていただけ」

その言葉に、胸の奥がきゅっとなりました。
大人びた物言いは、もしかしたらどこかで誰かの言っていたことを真似したのかもしれません。
でも、形にならない憂鬱を言葉にされたとき、子どもの中に自分の知らないスペースがあるのだ、と感じました。

保育園で嫌なことがあったのかもしれない。
その瞬間だけ、嫌なことを思い出したのかもしれない。
もしかしたら私のせいかもしれない。
ただ本当に、なんとなく疲れたのかもしれない。
明確な原因があることがわかっているけれど、親には言いたくないのかもしれない…

ふと、問いただしてみたい衝動に駆られました。
何を考えていたか教えて?保育園のこと?
お友達となんかあったの?お母さん、何か嫌なことした?

でもそれは、あまり意味のないことのように思えました。

答えが返ってきたとしても、子どもの気持ちはきっとその言葉そのものではないような気がしたのです。

「じゃあ、公園で遊んで帰ろうか」
と言って、帰り道にある公園に寄ることにしました。
遊んでいるうちに、「元気になってきた」というので、少しだけ安心。

子どもの背中を見ながら、「弱いきずな」ということを思い出しました。
団体にとって、大切な言葉のひとつです。

社会学の中で

「弱いきずなの強さ」(”The strength of weak ties” M・グラノヴェター,1973)

という概念があります。

「きずな」というと「強い」のが良さそうですが、実際は「弱いきずな」と補い合って機能するのだと。
問いただして、答えを聞いて、根本的にそれを解決する力になることも大切ですが、こうして、少し遠くから背中を見つめているような距離も、子どもにとっては何かになっている、と感じました。

「直接支援」「間接支援」というと言葉は固いですが、近いことにも、遠いことにも、別々の価値があるのかな、ということに思いを馳せます。

心のブラックボックスはそのままに、ただそばにいて、目を合わせて笑いかけると、同じように返してくれる娘。
その笑顔の奥に、まだ本人も自覚していない豊かなる深淵を見た夕暮れでした。(了)

カテゴリ
ごとに見る
月ごとに
見る

お問い合わせ

きずなメールの活用・導入について、
その他の内容に関しても、
お気軽にお問い合わせください。

03-6709-6893平日:10時〜16時