【抄録公開】「自治体の「プッシュ型情報発信」による予防のセーフティネット「きずなメール」から考える虐待予防の未来像」(一般社団法人日本子ども虐待防止学会第30回学術集会)
NPO 法人きずなメール・プロジェクト(東京都新宿区)は2024年11月、一般社団法人日本子ども虐待防止学会主催の第30回学術集会香川大会(テーマ:あゆもうともに ~こどもたちとつながりつづけるために~)にて、「自治体の「プッシュ型情報発信」による予防のセーフティネット「きずなメール」から考える虐待予防の未来像」についてシンポジウムを開催しました。
★シンポジウムの抄録を、同学会、神戸市、大田区、松戸市、文京区、江東区及び札幌市の許諾を得て、以下公開いたします。★
自治体の「プッシュ型情報発信」による
予防のセーフティネット「きずなメール」
から考える虐待予防の未来像
企画趣旨
令和5年末の「こども大綱:第2-こども施策に関する基本的な方針の(4)」には、「こども・若者や家庭が、必要な情報/支援を得られるよう、地域の関係機関やNPO等が連携し、プッシュ型・アウトリーチ型の支援を届ける」とある。だがLINE等で一律一斉に情報発信するだけでは、「不要な情報」としてブロックや未読のまま放置されて支援情報が届かない「プッシュ型のジレンマ」の課題がある。
「プッシュ型のジレンマ」に対しNPO法人きずなメール ・プロジェクト(以下、団体)は、「きずなメール」という子育て当事者向け情報コンテンツを「テキストでつながり続けるセーフティネット」として用いることで、孤独・孤立予防の機会に変えるアプローチをした。
本シンポジウムでは、「プッシュ型のジレンマ」を「予防の機会」に変える「テキストでつながり続けるセーフティネット」のコンセプトについて自治体との協働事例を通して、虐待「予防」の未来像を探る。
内容
「きずなメール」とは、複数の専門家が制作監修した情報コンテンツである。妊娠経過と月齢に応じたステップ配信により、妊娠初期から 3 歳の誕生日までを「切れ目なく」伴走支援する。地域により 18 歳まで配信対象年齢拡充をしている自治体もある。
団体では、きずなメールに自治体の支援情報を組み合わせ、「子育て応援 LINE」「子育て応援メール」として LINE やメール、アプリから配信し受託事業として展開している。団体ではこれを「きずなメール事業」として孤独・孤立を防ぐための「テキストでつながり続けるセーフティネット」と定義している。
「セーフティネット」だから、協働する自治体が増えることは「網が増える」、その網の中で新規登録を促す仕組みを作ることは「網の目を詰める」ことである。
【プッシュ型情報発信をセーフティネットに変えた 2 つのこと】
①読み続けてもらえるコンテンツ
コンテンツは、子育て時期に応じて当事者が必要な情報・知識を、複数の専門家がレビューを繰り返して制作。常時に最新情報をアップデートすることで正確性を担保している。また、登録時に入力する情報は出産予定日、子どもの誕生日とニックネームのみとし、発信側の事情で一方的に大量の情報を送らない等、コンテンツの「内容」「届けるタイミング」「文字量」すべてにおいて「押し付け」にならないための細心の注意を払うことで、「プッシュ型のジレンマ」を「つながり続ける機会」に変えている。
②登録を促す仕組みづくり(網の目を詰める)
出版業界には「ベストセラー効果」というが言葉あり、「評判だから買おう」という心理を指す。「評判だから」と買う人は「期待値」が上がった状態であり、期待はえてして外れる ー このような状況を回避し、子育て当事者と「つながり続ける」ためには、過剰ではない「適切な期待値」で登録してもらう必要がある。
また、未曾有の情報洪水時代の今、自治体サービスであっても、見つけて利用してもらうのは簡単ではない。良いサービスも良いコンテンツも、「ここにありますよ」という「最初の認知」(アテンション)の獲得は大きなハードルである。
きずなメール事業では「期待値」「最初の認知」という 2 つの課題を、「登録を促す仕組みづくり」として「つながり続ける機会」に変えている。一例をあげる。母子手帳をもらいにきた子育て当事者の方に「◯◯市の子育て応援 LINE/子育て応援メールです。よかったら登録してみませんか?」と口頭で「お勧め」する。この時点で過剰な期待はなく、あくまで「お勧め」なので選択権は当事者にあるため、この「適切な期待値」で妊娠初期に登録してもらって、コンテンツを通じて信頼を少しずつ積み上げていく。
いずれも、自治体の現場担当者と協働しながら、「恒常的な登録促しの仕組み」として事業に内包される形を目指している。「テキストでつながり続けるセーフティネット」の観点からは「網の目を詰めるアクション」である。
【セーフティネットの細やかさをAU 数で計測】
①②の達成度をどう計測するか。団体では「アクティブユーザー数(以下、AU 数)」、つまり「その日その時点の読者の数」を KPI としているが、きずなメールは 3 歳誕生日で配信が終わるため、新規登録がないと AU 数は減る。AU 数が減らない、もしくは増えているということは、①②が機能していること。過去3年、きずなメール事業全体の AU 数推移は下記の通り。
2021 年度 36,706
2022 年度 46,396
2023 年度 56,813
2024 年 4 月 26 日時点で56,813 人の子育て当事者とテキストでつながり続けている-これが「テキストでつながり続けるセーフティネット」である。
【セーフティネットの協働事例】
自治体での実践例と AU 数(2024 年 4 月 26日現在)を紹介する。なお、自治体名に続く括弧内の数値は 2022 年度の年間出生数である。
(1)兵庫県神戸市(9,196)
「こうべ子育て応援 LINE」として、妊娠期〜3 歳まで配信中、AU 数は6,954。また、在住外国人妊産婦の孤独・孤立を防ぐために「KOBE 子育て情報(やさしい日本語)」も配信中で、AU 数は 290。
(2)東京都大田区(5,068)
「大田区子育て応援メール」として、妊娠期〜18 歳までの約 19年間に渡って配信中。住民の利便性のため LINE とメールの 2 媒体で配信。AU 数は2媒体合計で 12,830。
(3)千葉県松戸市(2,934)
「まつど DE 子育て LINE」として、妊娠期〜3 歳誕生日まで配信中。AU 数は 4,747。登録を促す仕組みづくりとして、母子健康手帳交付時に「おめでとうカード」を提供中。
(4) 東京都文京区(1,845)
「子育て応援メールマガジン」として、妊娠期〜6 歳誕生日まで配信中。LINE とメールの2媒体配信で、AU 数は合計 5,783。在住外国人妊産婦支援として 2024 年 7 月から「やさしい日本語版」を開始予定。
(5)江東区(3,876)
「こんにちは赤ちゃん LINE」として、妊娠期〜3 歳誕生日まで配信中。AU 数は 3,409。2023 年度のお礼メッセージは 16 通。
(6)札幌市(11,046)
「さっぽろ子育てきずなメール」として、妊娠期〜6 歳誕生日までを他社アプリから配信中。今後 LINE での配信を模索するため、きずなメールコンテンツの一部(予防接種の呼びかけ等)を札幌市の LINE 公式アカウントにて試行配信中。他社アプリのため AU 数はないが、参考値として「出産予定日または子どもの誕生日を設定している数」は 45,173 件。
【まとめ】
「テキストでつながり続けるセーフティネット」は、「プッシュ型のジレンマ」を「つながり続ける機会」に変えることで、申請主義やスティグマ等の新しい課題にも対応する。子ども虐待の予防、社会的マルトリートメントの予防効果を検証するには複雑な手続きが必要だが、待ったなしの現実もある。本シンポジウムが、「現実に対応しながらの予防」の議論喚起に寄与することを願う。なお、シンポジウム内で個人情報を取り扱うことはない。また利益相反関係にある企業等はない。
わたしたちは、自治体との協働を通じて「つながり続ける機会」を創出し、子育て世代の孤独・孤立予防に係るセーフティネットの「網の目を詰める」活動を、これからも続けてまいります。(了)


